営業からは「受注の入力が二度手間だ」と言われ、経理からは「締めが遅い」と言われ続けている。情シスとしては作り替えたほうがいいと感じているのに、社長に「今のままで具体的に何が困るのか」と聞かれた瞬間に言葉が出てこなかった。基幹システムの問題点を調べる方はたいてい、この場面に立っています。

先に押さえておきたいのは、集まった不満をそのまま並べても社内の合意には届かないという点です。現場から上がる声は問題の症状であって、原因がシステム側にあるとは限らないからです。原因が業務ルールや運用にある問題は、システムを作り替えても同じ形で再発します。この記事では、症状と原因の切り分け方、放置したときに増えるコストの数え方、そして刷新しなくてよい会社の条件まで、発注側が自社で診断するための材料を整理します。

この記事のポイント

  1. 現場から上がる不満は症状であり、原因がシステム側にあるとは限らない
  2. 作り替えても直らない問題は、業務ルールの未整備・マスタの汚れ・運用の不徹底の3つに集約される
  3. 放置コストは保守費・改修単価・障害対応時間・手作業工数の4項目で数字にできる
  4. 稟議は「困っている」ではなく「いくら・何時間失っているか」と時間軸で書くと通りやすい
目次
  1. 基幹システムの問題点は症状と原因を分ける
  2. 現場から上がる不満は問題点そのものではない
  3. システムの問題か業務・運用の問題かを見分ける
  4. 放置したときに増えるコストを数字にする
  5. 誰に何を聞くかで問題点を確定させる
  6. 基幹システムの問題点から必要性を説明する
  7. 稟議は困っている話より失っている話で通る
  8. 刷新しなくてよい会社の条件
  9. 問題点が固まったあとに発注準備で決めること
  10. 基幹システムの問題点についてよくある質問
  11. 総括:基幹システムの問題点から刷新を判断する軸

基幹システムの問題点は症状と原因を分ける

机に広げた課題メモの付箋を2人で仕分けしながら、症状と原因を分けて整理している手元
集まった不満をまず症状として並べ、そこから原因を切り分けていく

診断の第一歩は、集まった声を「症状」と「原因」に分けることです。ここを混ぜたまま検討を進めると、システムを作り替えたのに現場の不満が残る、という結果になりがちです。まずは症状を洗い出し、それぞれの裏に何があるのかを確かめていきます。

現場から上がる不満は問題点そのものではない

現場からの声は、ほとんどが症状の報告です。「二度手間」「遅い」「合わない」といった言葉の裏には、複数の原因が候補として並びます。同じ症状でも原因が違えば打ち手が変わるので、声をそのまま要望として開発会社に渡すのは避けてください。

上がってくる声 考えられる原因
受注の入力が二度手間になっている システム間の連携がない/入力の分担ルールが決まっていない
月次の締めに5営業日かかる 会計へのデータ連携が手作業/現場の入力が締め日に間に合っていない
在庫数が実際と合わない 入出庫の登録タイミングがずれている/棚卸の運用が守られていない
小さな改修でも見積もりが高い 仕様書が残っていない/中身を分かる技術者が限られている
欲しい集計がすぐ出せない データの持ち方が集計に向いていない/必要な項目が入力されていない

この表を自社版として埋めるところから始めてください。原因の欄は仮説で構いません。大事なのは、症状1つに対して原因の候補が複数あると理解しておくことです。私の感覚では、この整理をせずに「現行の不満を全部解消する新システム」を目指した案件が、いちばん高くつきます。

システムの問題か業務・運用の問題かを見分ける

洗い出した原因のうち、システムを作り替えても直らないものが必ず混ざっています。現場でよく見るのは、次の3つの型です。

ひとつ目は、業務ルールが決まっていない型です。例外処理の扱いが担当者ごとに違い、どれが正しい手順なのかを誰も決めていない状態を指します。この状態で新しいシステムを作ると、結局「例外は手作業で」という運用が引き継がれ、同じ不満が再発します。

ふたつ目は、マスタが汚い型です。取引先や品目が重複していたり、表記ゆれが放置されていたりする状態です。データを移せば汚れも一緒に移るので、集計が合わないという症状は残ります。みっつ目は、運用が守られていない型で、入力のタイミングが決められているのに現場が後回しにしているケースです。締めが遅い症状の原因がここにある場合、システムの速さは関係ありません。

切り分けに効く質問はひとつです。「新しいシステムを入れたら、この作業は誰がいつやることになりますか」と聞いてみてください。答えが出てこない症状は、システムではなく業務側の課題である可能性が高いです。現場の運用と新しいシステムがかみ合わずに起きるトラブルの実例は、基幹システムの入れ替え失敗はなぜ起きる?事例と防ぎ方で整理しています。

放置したときに増えるコストを数字にする

症状と原因が並んだら、次は「このまま使い続けた場合のコスト」を数字にします。ここが稟議の材料になる部分で、しかも自社の手元資料だけで作れます。見るのは次の4項目です。

  • 保守費の推移:直近3年分の請求書を並べ、年額がどう動いてきたかを確認する
  • 改修見積の単価:同じくらいの規模の改修が、数年前と比べて何倍になったかを比べる
  • 障害対応の時間:年間で何回止まり、復旧までに何時間かかったかを記録から拾う
  • 手作業の工数:転記や再入力にかかっている月あたりの時間を、人数分合算する

たとえば転記作業が1人あたり月10時間、5人で回しているなら年600時間です。時間単価を掛ければ金額になります。「不便です」という報告と、「年間600時間を転記に使っています」という報告では、経営層に届く重さがまったく違います。なお、ここで出す数字はあくまで自社の実測に基づく試算で、金額の水準は会社ごとに変わります。正式な判断は個別の見積もりと突き合わせて行ってください。

保守費そのものの妥当性に疑問がある場合は、基幹システムの保守料は妥当?相場の見方と保守切れの対応で内訳の確認方法を整理しています。改修や保守の見積もりが妥当か判断しにくいときは、見積もりの危険サインを見抜く60項目チェックシートで前提条件の抜けを点検しておくと、金額の比較がしやすくなります。

誰に何を聞くかで問題点を確定させる

診断の精度は、誰に聞くかで決まります。部門長ではなく、実際に手を動かしている担当者に聞いてください。管理側は「うまく回っている」と認識していても、現場では手作業で埋めていることがよくあります。

部門ヒアリングで聞くこと

  • この作業のうち、システムの外で手作業でやっている部分はどこか
  • システムに入れる前に、いったん表計算ソフトを経由している作業はあるか
  • 同じ数字を2か所以上に入力している場面はあるか
  • 月末や締めの時期に、いつも残業になる作業は何か
  • 「この処理はあの人しかできない」という業務はあるか
  • 今の手順は誰が決めたもので、いつから変わっていないか

あわせて、保守を任せている会社にも2つ確認してください。ひとつは「この仕組みを担当できる技術者は何人いるか」、もうひとつは「あと何年サポートを続けられるか」です。答えが「1〜2人」「あと数年」であれば、それは自社の努力では変えられない外部要因なので、時間軸を持った判断材料になります。

聞き取った内容は、部門・症状・原因の仮説・関係する業務の4列で1枚にまとめておいてください。この1枚が、あとで開発会社に現状を伝える最初の資料になります。

基幹システムの問題点から必要性を説明する

ノートPCで稟議用の資料に保守費の推移と手作業時間の数字をまとめている担当者
診断結果は、金額と時間と期限に翻訳してはじめて社内の判断材料になる

診断が終わったら、次は社内に説明する段階です。ここでつまずくと、現場の不満は残ったまま何年も先送りになります。伝え方と、あえて「今はやらない」と判断する条件を整理しておきます。

稟議は困っている話より失っている話で通る

社内向けの説明で効くのは、金額・時間・リスクの3点です。「使いにくい」「古い」といった状態の説明ではなく、そのために何を失っているかを書きます。前のセクションで数字にした4項目が、そのまま材料になります。

書き方の例で言えば、「保守費が3年で1.4倍になっている」「転記作業に年間600時間を使っている」「サポートが終了しているため、障害が起きても復旧の保証がない」という並べ方です。3つ目のように、お金では表しにくいものはリスクとして書き、起きたときに何日業務が止まるかまで添えると伝わります。

もうひとつ大事なのが期限です。経営層がいちばん知りたいのは「いつまでに決めないと何が起きるのか」です。保守会社から聞いたサポートの期限や技術者の人数は、ここで効いてきます。期限のない改善提案は後回しにされますが、期限のある判断依頼は議題に乗ります。

逆に、避けたほうがよいのは「新しいシステムでできるようになること」を並べる説明です。将来の便利さは比較しづらく、投資の判断材料になりにくいためです。今すでに失っているものを示すほうが、話は前に進みます。

刷新しなくてよい会社の条件

売る側の記事にはあまり書かれませんが、診断の結果「今は作り替えない」が正解になる会社もあります。次のような条件が重なっている場合です。

条件 そう判断できる根拠
事業の縮小・撤退が見えている 投資の回収期間が事業の残存期間より長くなる
取引件数が少なく表計算で回っている 二重入力や集計の手間が実際には小さい
保守体制と基盤の更新が続けられる 担当できる技術者がいて、OSやミドルウェアも更新できている
他に優先度の高い投資がある 人員や設備への投資のほうが事業への効果が大きい

また、症状の原因が業務側だった場合は、全部を作り替えなくても解決することがあります。二重入力だけを連携で解消する、帳票の出力だけを別のサービスに任せる、マスタを整えて集計を正す。こうした部分的な手当てで足りるなら、そのほうが費用も期間も軽くなります。

ただし「今はやらない」と決めたときは、次に見直す時期も同時に決めてください。サポートの期限や技術者の人数といった外部要因は、待っているあいだにも動きます。1年後に同じ4項目の数字を並べ直す、と決めておくだけで、判断を落とさずに済みます。

問題点が固まったあとに発注準備で決めること

作り替える方向で社内が固まったら、発注の準備に入ります。ここで自社側が決めるのは、大きく3つです。どこまでを対象にするかという範囲、現行の仕様と連携先の棚卸し、そして誰が意思決定するかという体制です。

このとき役に立つのが、診断でまとめた症状と原因の1枚です。開発会社との最初の打ち合わせで「何に困っていて、どこまでが業務側の課題か」を示せると、提案の精度が上がります。逆にこれがないと、現行機能をすべて引き継ぐ前提の見積もりが出てきて、金額が膨らみます。

延命・部分改修・段階移行・全面刷新のどれを選ぶか、そこから先の進め方については、基幹システムのリプレイスとは?進め方と発注側の判断基準で判断基準を整理しています。診断が終わった段階で読むと、自社がどの打ち手に当てはまるか判断しやすくなります。

基幹システムの問題点についてよくある質問

Q. 何年くらい使うと問題が出てきますか?
A. 年数では決まりません。15年動いていても、担当できる技術者がいてOSやミドルウェアの更新が続けられているなら大きな問題は出ませんし、5年でも業務に合わなくなれば見直しの対象になります。年数よりも、保守を任せられる相手がいるか、基盤を更新し続けられるか、手作業で埋めている範囲が広がっていないか、の3点で判断してください。
Q. 経営層に必要性をどう伝えればよいですか?
A. 金額・時間・リスクの3点に、期限を添えて伝えてください。「保守費が3年で何倍になった」「手作業に年間何時間使っている」「サポート終了で障害時の復旧保証がない」という形です。将来できるようになることを並べるより、今失っているものと期限を示すほうが議題に乗りやすくなります。
Q. 部分改修や運用改善で済ませられませんか?
A. 症状の原因が業務ルールやマスタの整備にある場合は、部分的な手当てで解決することがあります。二重入力だけを連携で解消する、マスタを整えて集計を正すといった手当てです。一方で、サポートが切れている、改修を頼める相手がいないといった原因は部分改修では解決しないため、打ち手の選び分けは診断結果を持ったうえで比較してください。
Q. 情シスが1人でも診断を進められますか?
A. 症状の洗い出しと数字の集計までは1人でも進められます。手元にある保守費の請求書、障害の記録、各部門への聞き取りが材料になるためです。ただし、どの業務をどう変えるかという判断は各部門の担当者でないと決められないので、作り替える方向に進む段階では部門ごとに決められる人を立てる必要があります。