SAPの2027年問題は、SAP ERP 6.0の標準保守が2027年末で終わる、という期限の話です。ただ、発注側にとって重いのは期限そのものよりも、移行を担えるベンダーの枠が先に埋まっていくことのほうだと思います。方針が固まってから声をかけたら着手は2028年以降になると言われた、見積もりも以前の感覚より明らかに高い、という話を最近よく聞きます。
この記事では、2027年末に何が止まって何が止まらないのかを整理したうえで、移行・延長保守・他社ERPへの乗り換えという3つの選択肢をどう選び分けるか、ベンダーの枠が埋まっていく中で相見積もりをどう取るかまでをまとめます。移行方式の技術的な優劣ではなく、2026年のうちに社内で何を決めれば間に合うのか、という発注側の段取りに寄せて書きます。
この記事のポイント
- 2027年末に終わるのはSAP ERP 6.0の標準保守で、システムがその日に止まるわけではない
- 延長保守は2030年末まで保守料に2ポイント上乗せで買えるが、3年の使い道がなければ先送りになる
- 移行を担えるベンダーの枠が先に埋まるため、方針が未定でも枠の相談だけ先に出しておく
- 2026年に決めるのは移行・延命・乗り換えの方針と、枠の確保の2つでよい
目次
SAPの2027年問題で実際に止まること

まず事実の確認からです。ここを曖昧にしたまま社内で話すと、「2027年末にシステムが止まる」という誤解が広がって、かえって判断が乱れます。私が見てきた限り、社内の合意が進まない会社は、たいてい期限の意味が人によってバラバラです。
2027年末に終わるのは標準保守
SAPが公表しているのは、SAP Business Suite 7 の中核アプリケーション(SAP ERP 6.0 を含む)の標準保守を2027年末まで提供する、という内容です。その後は延長保守が2028年初めから2030年末までの3年間用意されていて、料率は保守ベースに対して2パーセントポイントの上乗せとされています。移行先となるSAP S/4HANAについては、2040年末までのイノベーションコミットメントが示されています。
この期間と料率はSAP公式のメンテナンス戦略のページで公開されているので、社内資料を作るときは伝聞ではなくここを一次情報として引いてください。ベンダーの提案書に書かれた期限だけを根拠にすると、営業上の都合で前倒しされた数字が混じることがあります。
もうひとつ、自社に当てはめる前に確認しておきたいことがあります。2027年末という期限が当てはまるのは、拡張パッケージ(EhP)6・7・8を適用している環境です。EhPを当てていない環境やEhP1〜5の環境は、標準保守が2025年末で既に終了しています。つまり「まだ2027年まである」と思っていた会社が、実はもう標準保守の外にいた、という状態はあり得ます。自社のEhPのバージョンは、方針を議論する前に調べておくべき最初の一点です。
そして、標準保守が切れてもシステムはその日から動かなくなるわけではありません。止まるのはメーカーからのサポート提供です。この違いを押さえておかないと、社内が過剰に急いで判断を誤るか、逆に「動くなら急がなくていい」と油断するかのどちらかに振れます。
サポート終了で困るのは法改正対応
標準保守が切れると、実務では大きく3つが止まります。セキュリティパッチや不具合修正の提供、法改正・税制改正への対応、そして新機能の追加です。
この3つのうち、私の感覚でいちばん先に痛みが出るのは法改正対応です。セキュリティは運用側の対策で当面しのげる部分がありますし、新機能が増えないことは短期的には困りません。ところが会計や税に関わる制度変更は、待ってくれません。制度が変わったときにメーカーからの標準対応が来ないと、その差分を自社の負担で作り込むことになります。基幹システムの中枢である会計・販売で毎回それをやると、延命したはずのコストが結局膨らみます。
社内でよく出るのが「動いているのに、なぜ金をかけて変えるのか」という反論です。ここに正面から答えるには、止まるリスクの話ではなく、この法改正対応の持ち出しを数える話に切り替えるのが効きます。制度変更のたびに個別対応の費用が乗る前提で3年ぶんを並べると、延命が安いとは限らないことが見えてきます。保守費そのものの妥当性の見方については、基幹システムの保守料の相場と保守切れの対応で整理しているので、値上げ交渉の論点も含めて確認してみてください。
2025年問題から2年延びた経緯
この話はもともと「2025年問題」と呼ばれていました。SAP ERP 6.0 の標準保守期限が当初は2025年末に設定されていて、それが2年延長されたことで、いまは「2027年問題」という呼び方に変わっています。
発注側の実務で厄介なのは、この延期そのものよりも副作用です。一度先に延びた経験があると、社内に「また延びるのではないか」という空気が生まれます。私が相談を受ける中でも、稟議が止まっている理由の半分くらいはこれです。技術的な検討ではなく、様子見が続いてしまう。
再延長があるかどうかを、私は予想できません。ただ、仮に延びたとしても移行を担えるベンダーの手がすぐ空くわけではない、という点は押さえておきたいところです。期限が延びれば需要は分散しますが、それは数年かけて起きる話で、いま埋まっている枠が明日空くわけではありません。延期を前提にした計画は、リスクの取り方としてはかなり攻めた選択になります。
SAPの2027年問題への3つの選択肢と決め方

ここからが本題です。取れる道は大きく3つあります。ベンダー各社の解説を読むと、その会社が売っている道が推されていることが多いので、ここでは中立に並べます。
移行・延命・乗り換えの3択を比べる
選択肢は、SAP S/4HANA へ移行する、延長保守を契約して現行を延命する、他社のERPへ乗り換える、の3つです。それぞれの性格を整理すると次のようになります。
| 選択肢 | 期間の目安 | 向くケース | 注意点 |
|---|---|---|---|
| S/4HANAへ移行 | 要件定義から本稼働まで数年規模 | SAPを今後も使い続ける前提で、業務を標準機能に寄せられる | ベンダーの枠確保が最優先になる |
| 延長保守で延命 | 2030年末まで最大3年 | 直近に事業再編や別の大型投資が重なっている | 保守ベースに2ポイント上乗せ。3年の使い道が必要 |
| 他社ERPへ乗り換え | 規模と作り込みの量で変動 | SAPがオーバースペックになっており、業務も見直したい | アドオンと周辺連携の作り直しが発生する |
3つ目の「他社ERPへ乗り換え」を、敗北や後退のように受け取る必要はありません。私が見てきた中堅企業では、導入当時のグループ構想や事業規模に合わせて入れたSAPが、いまの事業実態に対して明らかに重くなっている例がありました。ライセンスと保守と運用要員を足したコストに対して、実際に使っている機能が限られている。この状態なら、乗り換えは前向きな整理です。
なお移行を選ぶ場合、そのまま持っていくのか作り替えるのかで費用も期間も大きく変わります。移行方式の選び分けそのものは範囲が広いので、基幹システムの移行方式の選び方と費用の見方で3方式を比較しています。この記事では方式の中身には踏み込まず、どの方式を選ぶにしても共通する発注側の段取りに絞ります。
延長保守で2030年まで延ばす判断
延長保守は、移行を売りたい立場からは一律で「非推奨」と書かれがちです。私はそうは思っていません。保守ベースに2ポイントの上乗せで最大3年を買えるというのは、条件が合えば十分に合理的な選択です。
延命が正解になりやすいのは、次のようなケースです。
- 合併・分社・事業譲渡など、組織の形が2〜3年内に変わる予定がある
- 2027年前後に工場や物流など別の大型投資が重なっていて、要員を割けない
- 刷新後の業務をどうしたいかがまだ固まっておらず、いま要件定義に入っても手戻りが確実
いずれも共通しているのは、買った3年に明確な使い道があることです。組織の形が決まるのを待つ、投資の山を越える、業務の整理を先にやる。この使い道が言えるなら、延命は逃げではなく順序の入れ替えです。
逆に、延命がまずいのはひとつだけで、3年の使い道が言えないときです。「まだ決められないから延ばす」で契約すると、2030年末に同じ議論を、より人材が枯れた市場で、より高い単価でやることになります。延長保守を検討するなら、契約と同時に「この3年で何を終わらせるか」を紙に書いてください。そこが書けないなら、それは判断の先送りだと自覚したうえで選ぶべきです。
ベンダーの枠が埋まる前提で動く
ここが、他の解説記事にあまり書かれていない論点です。SAPの2027年問題は、期限の問題であると同時に供給の問題です。
国内のSAP ERPユーザーは約2,000社とされ、一方で2027年末までに実行できるS/4HANA移行案件は1,000件程度ではないか、という試算が業界内で語られています。これは公式統計ではなく複数のベンダーやメディアが示している見立てなので、そのまま鵜呑みにする数字ではありません。ただ、移行を担える人材が有限で、需要が特定の期限に集中している構図そのものは、実際の引き合いの現場と一致しています。
この前提に立つと、発注の作法が変わります。ふつうは「社内で方針を固めてから、ベンダーに声をかける」のが正しい順序です。ところが枠が埋まっていく市場では、この順序を守ると声をかける先が残っていません。私が勧めているのは、方針が未定のままでも枠の相談だけ先に出すことです。
- いま出せるのは方針検討中である旨と、対象範囲・現行のEhP・アドオンの規模感だけでよい
- 聞くのは「いつなら着手可能な枠があるか」の一点に絞る
- 提案や見積もりは、枠の見通しを聞いたあとで正式に依頼する
この相談を出しておくと、着手可能時期という制約条件が先に分かります。2027年に間に合わせたいのにどのベンダーも着手は2028年だと分かれば、そもそも選ぶべき道は延命だった、という結論が早く出せます。方針を固めてから動くと、この気づきが半年遅れます。
あわせて、相見積もりが3社揃わない事態への備えも決めておいてください。枠が埋まっている市場では、声をかけた5社のうち提案まで来るのが2社、という状況が普通に起きます。3社揃わないと決裁が通らないルールになっている会社は、ここで詰まります。2社でも判断できるように社内の評価軸を先に決めておく、あるいは要件定義までを分けて契約して選定を段階に分ける、といった逃げ道を先に用意しておくのが現実的です。
高くなった見積もりをどう見るか
需要が集中している時期の見積もりは、率直に言って高めに出ます。SAPの経験があるコンサルタントやエンジニアが不足しているので、単価が上がるのは市場としては自然な動きです。
困るのは、その金額が高騰ぶんなのか、自社の要件が重いせいなのかが、発注側から見分けられないことです。ここで総額だけを見て交渉に入ると、たいてい噛み合いません。私が勧めるのは、金額を比べる前に前提条件を揃えることです。
- アドオンの本数と扱い
- 現行のアドオンを何本、どこまで引き継ぐ前提で見積もっているか。全部持っていく前提と、標準機能に寄せて捨てる前提では、金額が別物になります。
- 移行するデータの範囲と年数
- マスタだけか、伝票の履歴を何年ぶん持っていくのか。ここが各社バラバラだと比較になりません。
- 並行稼働の期間
- 旧システムと何か月並行させる前提か。並行期間は人手が二重にかかる工程なので、金額差の大きな要因になります。
- 誰の工数が含まれているか
- 自社側で用意する要員の作業が、見積もりの外に置かれていないか。外に置かれていると、安く見える見積もりが後から膨らみます。
この4点を全社に同じ条件で投げ直すと、金額の開きの正体がだいたい見えます。前提を揃える作業を先にやらないまま比較すると、いちばん条件を薄く見積もった会社が安く見えるだけの比較になってしまいます。候補を並べて比べる軸をまとめて用意しておきたい場合は、ベンダー選定比較表テンプレート(10カテゴリ100項目)が使えます。SAP移行の実績年数、同業・同規模の事例、移行後の保守体制といった項目を、社内で同じ基準で採点できる形にしてあります。
なお、ここで挙げた期間や条件はあくまで一般的な目安です。実際の判断は個別の見積もりと自社の現行環境で確認してください。基幹システム刷新そのものの費用の内訳や規模別のレンジについては、基幹システム刷新の費用相場と見積もりの読み方にまとめています。
